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安濃 豊について

安濃 豊 経歴

昭和史復元研究集団 札幌学派 代表
職業 雪氷科学者、作家、歴史家、ラジオパーソナリティー、ユーチューバー 北海道大学農学部農業工学科卒業 農学博士

1951年12月8日
真珠湾攻撃からちょうど10年目に生を受ける
1974年
国家公務員上級試験甲種合格、
1975年
北海道開発庁(現国土交通省北海道局)に任官、
1977年
世界で初めて吹雪吹溜の風洞模型実験に成功(雪の粘着力変化まで再現)、
1980年
吹雪吹溜模型物理理論(固気混相流模型理論-流体力学)を完成、
1985年
米国陸軍工兵隊寒冷地研究所(CRREL)より吹雪風洞技術移転の要請があり渡米、
1985年
マサチューセッツ工科大学(MIT)ライト兄弟記念風洞研究所招待講師

ニューハンプシャー大学土木工学科、アイオワ州立大学航空宇宙工学科客員研究員、米国陸軍工兵隊寒冷地研究所研究員、マサチューセッツ工科大学ライト兄弟記念風洞研究所招待講師、米国土木学会吹雪研究委員会委員、科学雑誌「寒冷地の科学と技術」論文審査担当、英文研究論文20編、和文論文5編、博士論文は「農業施設の防雪模型実験(全英文)」

作家として:
同人誌「北方文芸」同人、
小説10編、
昭和史研究家としては 著作7冊、小説3冊、雑誌論文8編

原発研究家として:
1987-1988年北海道電力泊原子力発電所ラジオ広報担当として北電技術者と研究交流。

現:ラジオノスタルジアFM78.6MHz(資本金6800万円)代表取締役、パーソナリティー、作家、歴史家、科学者(流体物理学、雪氷学)、随筆家。

参考資料

 安濃が世界で初めて発明した吹雪吹溜風洞は積雪地帯における建物の屋根形状を変更させ(三角屋根から平屋根へ)、 東京ドーム、札幌ドームの屋根雪対策、南極昭和基地の防雪設計、道路ダム空港など土木構造物の防雪設計に役立っている。 米国陸軍ではモンタナ州米空軍基地、南極マクマード基地の防雪設計、軍用車両航空機の着雪防止、吹雪地帯での車両配置方法の研究に使用されている。 https://www.erdc.usace.army.mil/Media/Fact-Sheets/Fact-Sheet-Article-View/Article/518759/environmental-wind-tunnel-facility/ https://translate.google.com/translate?hl=ja&sl=en&u=https://en.wikipedia.org/wiki/Cold_Regions_Research_and_Engineering_Laboratory&prev=search

(CRRELの20年前のHPです。上から5-6行目にYUTAKA ANNOによって1985年に作られたと記されています。)

昭和史復元の動機

 私は1985年、米国陸軍工兵隊寒地理工学研究所(CRREL)に勤務しました。当時私は、いち雪氷科学者として米国での研究生活に骨を埋める覚悟でした。  学生時代に旧民社党系の学生運動に参加し、左翼への反感を抱きつつ、社会思想、政治思想、歴史、軍事知識を学び、その分野に興味を持ち、長けていたつもりでしたが、就職後は研究者の道へ進み、以後、政治や哲学に触れることは一生ないものと考えていました。

 転機は台湾出身の老科学者との出会いでした。彼は日本人である私に、台湾人にとって日本統治時代が最良の時代であったこと、自分が科学者になれたのは大日本帝国政府が台北帝国大学への入学を許可してくれたからであると、当時の日本人に深く感謝していました。また、米国は白人のための国家であり、有色人種にとっては、大変住みづらい国であると語り、私に研究契約終了後帰国することを勧めていました。台湾と言う後進国を祖国に持つ自分は帰る場所などないが、日本と言う研究大国を祖国に持つ安濃が何故米国にこだわるのか理解できないと語っていました。

 ひとつだけ確実な歴史的事実があります。それはあの戦争により、アジア・アフリカ各国は独立し、白人優越主義から解放されたことです。

 すべての植民地を失った白人国家のどこが戦勝国なのか、日本を敗戦国とするなら、白人国家も敗戦国ではないのかと言う疑問が生じます。少なくとも全植民地の喪失と言う状況証拠は米英仏蘭と言う白人帝国主義国家こそが敗戦国であると言う事実を示唆しています。

 米軍との契約通り、安濃式吹雪風洞装置(ANNO'S WIND TUNNEL)を完成し、1987年2月に帰国しました。早速、米国が差別大国であり、黒人だけでなく、日本人も差別される国家であることを国民に知らせるべく、自身の体験談を小説としてまとめました。それが拙著「戦勝国は日本だった」です。この本は旧植民地を失ったと言う状況証拠から敗戦国は白人国家であり、植民地を喪失せしめた大日本帝国は実質的戦勝国であると言う評価に基づいて書かれています。

その後も研究を進めながらYoutube、作家活動などを通じて情報発信をしています。

私のご先祖様について

 私の『安濃』という名字は珍しく、ルーツをたどると安濃宿禰であると思われます。 安濃宿禰(読み=あのうすくね 三大実録に記述あり)とは第11代垂仁(すいにん)天皇のもとで伊勢神宮、出雲大社の礎を作った人で、紀元前10-20年くらいまで遡ります。

 安濃宿禰は当時伊勢国の県造(あがたのみやっこ、知事)で垂仁天皇((紀元前29年-紀元後71年))の第4皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が陛下の命によりアマテラスオオミノカミ(ご神体は八咫鏡)を祀る御廟の建立地を探していたとき、伊勢の地をその地に定めることに尽力した方です。
 この御廟が後の伊勢神宮として大成することになります。原始伊勢神宮建立(現内宮)の立役者の一人であるようです。また、垂仁天皇の皇子は聾唖を煩っていましたが、この皇子が出雲国への出張から戻ると病が完治していたという因縁に鑑み垂仁天皇は出雲国にお宮の設置を命じましたが、そのとき出雲のお宮建立に伊勢から馳せ参じたのが安濃宿禰の一族だったと言うことです。そのため出雲には安濃郡と呼ばれる地域が明治期まであったそうです。このお宮は後に出雲大社と呼ばれることになります。
 私の先祖である安濃宿禰は日本神道開基のころ、すなわちこの日本が黎明したとき、神官の原型として活躍された方のようです。

 私は子供の頃から霊感が強く不思議な霊的現象を数多く体験してきました。本業は科学者なので理論的に説明できない霊感は矛盾しているように思われがちなのですが、明確に存在しておりますので、これらの事実から物事の本質を読み解いていく場合もあります。霊感が非常に強いのは、私の血に伊勢神宮、出雲大社の礎を作った安濃宿禰にルーツがある由縁かもしれません。

参考:令和元年8月3日、靖国神社本殿で英霊から霊現象を授かり、公開せよとの御指示を戴きましたので国民の皆さんにご報告いたします。 テーブルの右端に置かれた祭文封筒が吹き上げられ、玉串盆に落下します。この映像は偶然私の仲間によって撮影されていました。 祭文奏上の中で中盤の「英霊へのご報告」の文を読み始めた直後、玉串を奉納するために目前に備えられた横長(4メートルくらい)のテーブルの右端に置いてあった祭文を入れてあった茶封筒(A4)に突然突風が吹き込み、封筒のみが舞い上がり吹き飛ばされました。茶封筒には「祭文」と大きな文字が墨で書かれていました。 不思議なのはテーブルの上には私たちの前のグループが捧げた玉串が数本陳列されていたのですが、、封筒とその隣の玉串のみに風が吹きテーブルから吹き飛ばされ玉串盆に落下したのです。

06:15~ 封筒が飛びます
10:20~ 右上に黒い影が通り過ぎる

書籍紹介
ハルノートを発出させたのは日本か― アジア解放戦争開始のため日本側が誘導した(展転社) 大東亜戦争の開戦名目のため、日本が意図的にコーデル・ハルを誑(たぶら)かし、ハルノートを発出させたのではないか
「戦勝解放論」の観点からハルノート発出の経緯と背景を検証すると、新たな史論が浮かび上がる!
大東亜戦争の開戦目的は植民地解放だった―帝国政府声明の発掘(展転社) 大東亜戦争によるアジアの解放は結果論や後づけではない。 大日本帝国は開戦時に「政府声明」を発表し、開戦目的の一つがアジアの植民地解放であることを明確に謳っていた!
アジアを解放した大東亜戦争―連合国は東亜大陸では惨敗していた(展転社) 開戦の口実とするためハルノート発出を誑かした?アジア解放のために開戦した大東亜戦争の主戦場はアジア大陸である。 帝国陸海軍は、太平洋で米軍と激戦を繰り広げながら、東南アジアでは次々に欧米諸国の植民地を独立させていた。
絶滅危惧種だった大韓帝国―朝鮮半島を国連信託統治とせよ(展転社) 日本人が持つ性善説がまったく通用せず、日本を逆恨みして恩を仇で返してくる韓国。 自己統治能力の欠如した朝鮮半島は一括して国連による信託統治とすべきである!
日本人を赤く染めた共産党と日教組の歴史観を糾す: ガラクタ・ポンコツの思想(展転社) 日本共産党と日教組は自分たちにとって都合のよい歴史を捏造し、国民に植えつけ洗脳してきた。その歴史観がデタラメであったことを証明する!
大東亜戦争の開戦目的は植民地解放であり、神風特攻が米軍に日本本土上陸を諦めさせたのである。
支那事変拡大はアジア解放戦争開始のための口実だった。
哀愁のニューイングランド(展転社) 日本の閉鎖的な学会に失望し、祖国日本を捨て、家族と別れ、一人渡米した元キャリア官僚の研究者・田中俊彦。
アメリカ・ニューイングランドで、大東亜戦争に勝ったのは実は日本だったという日本戦勝論を聞き、彼は捨てたはずの祖国日本に想いを馳せる。